愛着(アタッチメント)について

先日、広島県保育連合会の研修会に参加しました。

その中で、特に印象に残っている講演があり、今日はブログで紹介させていただきます。

 

講演内容は“愛着(アタッチメント)”についてでした。

私もモンテッソーリの0~3歳児アシスタントコースに通った時に初めて知った内容でしたので、再確認させていただく機会となり、有難かったです。

 

“愛着”とはなんでしょう。

色々な場面で耳にすることがあるかと思います。何か特定の物や事や場所において非常に強い関心・興味を示す時に使いますね。

ボウルビィという医師が考え出された理論ですが、彼によると、「基本的には、人間を含めたあらゆ動物個体他の特定の個体との接近を求め、またその接近を維持しようとする行動をさす」と書かれています。

少し難しい内容ですが、‟お母さん(または擁護してくれる人)との間に安定を取り戻そうとする行為”です。

 

この愛着関係は、生涯にわたる対人関係に影響を及ぼすそうです。(生涯・・・と聞くと怖いような気もしますねm(__)m)

そしてさらに、愛着不全(愛着関係に何らかの支障がある)は、愛着障害や人格障害に至る危険性が高いそうです(:_;)  考えてみたらそうですよね。

幼い赤ちゃんは誰かにお世話をしてもらって、助けてもらいながら成長していきます。そして“人”になるためのお手本を近くにいる人から学んでいきます。そして“愛されている”

というパワーをもらいながら“人”になっていきます。そんな時に、“泣いていてもほっとかれる”、“だっこしてくれない”など赤ちゃんの求めていることに応えてもらえなかったら・・・私から考えても・・・寂しくなってしまいます。

“誰も私を見ていない”、“必要とされていない”、“寂しい”、“悲しい”、“怖い”などの不安要素をたくさんと抱えることになってしまいます(涙)

このネガティブな要素が、脳が作られている(とても活発に働いています)時期にたくさん入り込んでいったとしたら・・・その子の心の中はいつもネガティブパワーでいっぱいになってしまいますね。そしてそれが、脳に刻まれていきます。大人になると・・・そのネガティブパワーが至るところで発揮される可能性は高いといえますm(__)m

つまり、簡単に書くと・・・

   乳幼児期(0~6歳)はあらゆる面で信頼関係を結んでいく必要がある
   
   愛情をもらい、満足感・安心感を感じる
     例:お父さん、お母さん(人)、産まれた周りの環境(家など)、周りにいてくれる兄弟や、おじいちゃん、おばあちゃんなど
          ↓
   人や周りの環境と信頼関係を結ぶことができる=安心・安全だと感じることができている
          ↓
   その場にいる(愛されている)自分を信頼することができる
          ↓
   さまざまなことに積極的にチャレンジする力がでる(好奇心・興味がわく) “見守ってくれる人がいるから、私(僕)はやったらできる!” 、
          ↓
   心が満たされていることで、落ち着いている。(徐々に“考える力”が出てくる)
          ↓
   少々トラブル(子どもにとって)が起こってもすぐに立ち直って、精神的に強くなってくる

簡潔に書きましたが、このような好循環が生まれてくると思います。そして、周りの人を信頼し、自分を信頼し、新たな物事を信頼する力が自然と備わっていくのだと思います。

しかし、現代は、お母さん方もたくさんお仕事をされ、育児との両立は本当に大変だなぁとつくづく感じる毎日ですし、社会的に不安を抱えてしまうことがたくさんあるのも事実です。

そういった社会的な背景ももちろんありますが、 保育の現場にいる立場からお話しできることは、子どもが“子ども”でいれる時期って限りがあるという点です。ずーっと永遠に子どもでいるわけではない。つまり、子育てにも必ず最終地点があるという点がまず挙げられます。そしてお母さん、お父さんが手を出して、さわってあげられることにも時期があって、少し大きくなってしまうともう子どもたちから触られることをイヤがってしまうんですm(__)mその時期になると、「遅かった~!」ってなってしまいます。だから、手がかかる時期にはリミットがあるということが大前提で“今”子どもたちに触れる、話しかける、抱っこする、絵本を読む、お料理を一緒にする、お出かけする・・・・たくさんして頂きたいと思います。

それができないときには、笑顔を向けるだけでもいいと思います。笑顔を見せることは、相手に安心感を与えることになります。忙しくってなかなかゆっくりと関わりが持てない方は笑顔で話ができるだけでも子どもたちにとっては“受け入れてもらえている!”と感じることとなるのでは、と思います。

私の中で、愛着という大きなテーマはこれからもひも解く課題となっていますし、たぶん、“人”という存在である以上は考える必要があるテーマだと思っています。

ここまで、長々と書いてしまいましたが、最後までお読みくださった方、ありがとうございましたm(__)m

また、今度はモンテッソーリ教育法の観点から“愛着と分離”について書かせていただこうとおもいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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